見舞い
父は白内障での入院中、多少の呆けもあったようだが、術後経過も良好で 退院後には、また一人で食材の買い出しに出掛けていくようになっていた。 白内障解決に伴い、視界も晴れ、足運びまでが何となく改善された印象で、 こちらの方は一安心といったところ。 その父が母の救急搬送翌日、入院の準備を整え病院へ向かおうとする私を 待ち構えていたかのように「自分も病院へ連れて行け」とねじ込んできた。 長年連れ添う夫婦としては、至極当然のことであろうが、できれば父には 自重してもらいたい局面だった。 母は抗生剤投与の効果で症状は安定の兆しがある一方、未だ意識は 戻らないままで、私は緊急入院による諸々の後処理に追われる状況。 病状説明があるのか、入院の手続きに時間をとられるか、とにかく、 その日の段取りがどうなるか、病院に行ってみなければ分からない。 父と一緒となれば、その見守りまで私に負荷されることになるし、 何より、意識も会話もままならない状態の母を見舞ったところで、 どうせ、仕切り直しの憂き目を見るだけの話しとなる。 「母の見舞いは、目が醒めて話せるようになってからにした方が…」と、 言ってはみたものの、この状況について一人悶々と気を揉んでいた父に その聞き分けの余地など一切なく、結局、入院用具一式と父を積み込み、 搬送二日目、病院ひ向うことになった。 病室に入いり、母を確認するや抑えていた感情を吐き出すかのように父は オロオロと泣き出す有様。私がこれ程に取り乱した父の嗚咽を聞いたのは 過去に一度だけ、父の母、祖母が亡くなった時だった。葬儀から帰った夜、 母を相手にしたたか酔い「祖母が哀れだ」などと呻き、声をあげて泣いた。