葬儀が終わり、ほっとしている。母の介護の記憶が走馬灯のように脳裏をよぎる。終わりよければすべて良しということにしよう。まだ書きたいことがあるので、このブログは閉じないでおこう。何か思いついたら書こうと思っている。そう、葬儀の後はしばらくお寺に通わなければならない。母のことは忘れたい気分だが、お寺の儀式が残っている。しばらくは住職との会話で思い出したくなくとも母の話題が出て、否応なしに悲しいことを思い出さなければならないだろう。なぜ、悲しい思い出を何度も何度も復唱しなければならないのだろう?頼むから、忘れさせてほしい。遺族にとって死んだ人の話題はまるで拷問なのだ。悲しい記憶を自分の口で言うたびに悲しみがリアルに蘇り、再び俺を苦しめる。遺族はなぜそんなにいたぶられなければならないのか?世間は遺族をいじめるのではなく、いたわってほしい。故人の思い出を語ることはすなわち、介護の苦しみを語ることを意味し、決して癒されない。最も救いとなるのは、故人のことを語らず、忘れることなのだが・・。介護のない日々こそが俺の精神を癒していく。忘却こそ最高の薬だ。忘れるには笑い話をすること。
葬儀が終わり、ほっとしている。母の介護の記憶が走馬灯のように脳裏をよぎる。終わりよければすべて良しということにしよう。まだ書きたいことがあるので、このブログは閉じないでおこう。何か思いついたら書こうと思っている。そう、葬儀の後はしばらくお寺に通わなければならない。母のことは忘れたい気分だが、お寺の儀式が残っている。しばらくは住職との会話で思い出したくなくとも母の話題が出て、否応なしに悲しいことを思い出さなければならないだろう。なぜ、悲しい思い出を何度も何度も復唱しなければならないのだろう?頼むから、忘れさせてほしい。遺族にとって死んだ人の話題はまるで拷問なのだ。悲しい記憶を自分の口で言うたびに悲しみがリアルに蘇り、再び俺を苦しめる。遺族はなぜそんなにいたぶられなければならないのか?世間は遺族をいじめるのではなく、いたわってほしい。故人の思い出を語ることはすなわち、介護の苦しみを語ることを意味し、決して癒されない。最も救いとなるのは、故人のことを語らず、忘れることなのだが・・。介護のない日々こそが俺の精神を癒していく。忘却こそ最高の薬だ。忘れるには笑い話をすること。
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